千葉地方裁判所佐倉支部 昭和25年(ワ)15号 判決
原告 清宮よし
被告 渡辺達哉
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二十五万円及びこれに対する昭和二十五年七月二十九日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は被告と同町内に居住するもので、かねて親密の間柄であつたが、特に昭和十五年頃から想思の仲となつて固く将来を約するにいたり、被告が昭和十六年二月現役兵として満洲に出征して後も相互の情愛に変ることなく、頻繁に文通を取り交わしていたところ、昭和十八年六月頃被告からその父渡辺行雄を通じて正式に婚姻の申込を受けたので、原告の両親その他の近親者と熟議の末これを承諾することに決め、同年七月三十一日この旨被告家に通告し、その頃被告に伝えてもらつて、こゝに被告との婚姻の予約が成立した。以来原告は被告不在のため挙式こそできなかつたが、身も心も妻になつたつもりで農繁期における被告家の農耕や家事の手伝いをし、又被告の両親に対しても嫁としての礼節を尽しつつ、被告の無事帰還を一日も早かれと念願していた。しかるにその後終戦となり、被告はソ連に抑留されていて、ようやく昭和二十四年九月六日復員して来たので、原告は被告に対し待ちこがれていた挙式同棲を求めたのであるが、意外にも被告は精神的変化を来したと称してこれに応ぜず、それでもなお長期抑留されたための一時的思想の変化と信じてその気持の落ち着くのを待つた後、原告自ら又は人を介して数回被告と交渉したけれども、遂に被告は昭和二十五年三月二十日原告との婚姻の予約を破棄するにいたつた。かくて原告は被告の右理由なき婚姻予約不履行により精神上甚大なる苦痛を被つた次第であるが、原告は佐倉家政女学校を卒業し、中流以上の家庭に育つた未婚者であつて、被告を終生の夫と信じて処女の純潔を守り、幾つかあつた縁談も断り、当時物資不足の折柄とて多大の労力費用を投じてたんす、鏡台、夜具、衣類その他の嫁入諸道具一式を調達し、もつてひたすら被告との婚姻の日を待望していたにもかゝわらず、今やすべて空しく婚期を失し、一生償うことのできない不幸の境遇になつてしまつたのであるから、以上諸般の事情を参酌し、原告の右精神的苦痛は被告から金二十五万円を得て僅かに慰藉されるものと考える。よつて被告に対し該金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和二十五年七月二十九日から完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告と被告が同町内に居住していること、被告が昭和十六年二月現役兵として満洲に出征して後原告と文通を取り交わしたこと、その後終戦となつたがソ連に抑留されていて、ようやく昭和二十四年九月六日復員したこと、復員後原告から自ら又は人を介して数回婚姻の交渉を受けたがこれに応じなかつたこと、原告が佐倉家政女学校を卒業した未婚者であることはいずれも認めるけれども、その余の事実は否認する。被告は出征前原告と単に顔見知りの程度であつたのみで、右文通は被告からの慰問文に対する返信に他ならない。もつともその中には被告から原告に対し帰還後婚姻するから待つていてもらいたい旨書き送つたものもあつたが、それとて当時出征軍人の常として戦地における寂寥感から同郷の娘の甘い便りに対し甘い便りをもつてした恋文であつたに過ぎない。結納の取り交しや媒酌人を立てて挙式その他のことを決めるまでには話が進んでいなかつたし、未だ肉体的関係も全然なかつたのであるから、これを目して婚姻の予約が成立したものということはできない。なお抗弁として、仮に右婚姻の予約が成立したとしても、被告は昭和十九年夏千島の一孤島に移駐することになつたので、その際原告に対し書面をもつて、戦争激化のためとても生還は期せられないこの身であるから従来の約束はなかつたこととして解消してもらいたい旨を申しやる一方、被告の父渡辺行雄を通じてもその旨伝えてもらつて原告の諒解を求めたものであり、当時かゝる情況の下に在つた被告としては、原告には右諒解を求めるにつき正当の理由があつたわけであるから、原告の本訴請求に応ずることはできないと陳述した。<立証省略>
三、理 由
まず原、被告間に婚姻の予約が成立したかどうかにつき審案する。そもそも婚姻の予約なるものは、当事者たる男女が将来において適法なる婚姻を成立せしめることを目的とする一種の身分上の契約であつて、法律により認められた一男一女の結合たる婚姻の前提をなすものであるから、その予約は当事者の意思を確保するに足るべき事実の存在することを要すること言を待たず、されば世上これを確保するため、慣習に従い或は相互に結納を取り交わし、或は儀式を挙げて同棲すること等をもつて普通の事例とするのであつて、すくなくとも当事者たる男女が誠心誠意将来夫婦として共同生活を営む意思表示の明確を期しもつて何人も単なる私通野合の関係等と区別してこれを怪しまない程度の公然性あることを要件とするものと解すべきところ本件につきこれを見るに、原告と被告が同町内に居住するものであること及び被告が昭和十六年二月現役兵として満洲に出征して後原告と文通を取り交わしたことは当事者間に争いなく、この争なき事実と、成立に争いなき甲第四号証、第五、六号証の各一、二、第七号証、第八、九号証の各一、二並びに証人清宮忠作、安田利子の各証言の一部(後記信用しない部分を除く)証人渡辺行雄渡辺環の各証言及び被告本人訊問の結果とを彼此綜合すれば、被告は出征前土地の青年団員として同じく女子青年団員であつた原告と普通の交際をしていたが、出征の後満洲の任地において、たまたま入手した原告よりの慰問文に返信をしたためて出したことから、前記の通りの文通交換となり、荒涼たる戦地の出征軍人とその銃後同郷の娘という特別の親近感から、急速調に想思恋愛の仲となつて行き、原告に対し入営前からひそかに貴女を理想の妻たるべき女性と思いつつ遂に一言も口に出さず別れて来たが、その理由は大義のため明日にも生命を捧げねばならぬこの身であつたからである等と若気のため相当熱烈な恋文を書きつづつたりした末、帰還後婚姻するからまつていてもらいたい旨又はそれについては被告の父渡辺行雄にすべて一任善処してもらうべき旨書き送つた事実(この中帰還後婚姻するから待つていてもらいたい旨書き送つたことは被告の自認するところである)他方父行雄においてもかねて原告を被告の妻に迎えたく思つていた矢先、被告から右文書による依頼もあつたので昭和十八年七月頃原告方におもむき、原告の父清宮忠作に対しこの旨を伝えてその賛同を得、折り返しこの旨を満洲の被告に文書をもつて通知した事実を認めることができ、右認定に反する証人清宮忠作、安田利子の各証言及び原告本人訊問の結果は信用し難く、その他に該認定をくつがえすに足る証拠はない。しかして被告がその後終戦となつてからもソ連に抑留されていて、ようやく昭和二十四年九月六日復員したことは当事者間に争いなく、それまで原告は被告不在のためこれと挙式同棲し得なかつたことは原告の自認するところであり、なお前掲証人渡辺行雄の証言に証人清宮忠作、安田利子の各証言を綜合すれば、原告の父忠作と被告の父行雄との間においても、被告の無事帰還を待つて正式に媒酌人を立て結納を取り交わすべき旨の話し合いが行われていたに止まり、日時はもとより帰還できるかどうかもわからぬままにそれ以上の見るべき話の進捗もなく、一時世評に上つた程度に過ぎない事実を認めるに十分である。原告は以来身も心も被告の妻となつたつもりで農繁期における被告家の農耕や家事の手伝いをした旨主張し、原告が被告の出征不在中、しばしば被告方の農耕や家事の手伝をしたことは前掲証人清宮忠作、安田利子の各証言及び証人清宮てい、渡辺章、清宮寿の各証言並びに原告本人訊問の結果に徴し認められるが、未だこれをもつて婚姻の予約があつたことを一般人をして首肯させるに足る前示公然性の要件を具備したものと見ることはできず、なお原告は幾つかあつた縁談も断り、たんす、鏡台、夜具、衣類その他の嫁入諸道具一式を調達して被告との婚姻の日を待望していた旨主張するけれどもこれ亦必ずしも右同要件を具備したものとならないことその主張自体により明白というべきである。果してしからば原、被告間には社会通念上相互に真摯誠意をもつて終生の結合を誓う婚姻の予約と目すべき事実はなかつたものと判定するのが相当であるから、これが存在を前提として被告に対し慰藉料の支払を求める原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由なしとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内田武文)